平滑筋と鍼灸医学3  東洋医学研究所®グループ福田鍼灸院 院長 福田 裕康

平成23年7月1日号
 

  平滑筋と鍼灸医学との関わりについては、鍼灸の適応疾患から考えると欠くことのできないことであることは明らかですが、いまだに平滑筋の研究自体が発展途上の段階であることから、今後発展していく分野であると考えます。今回はそんな平滑筋の特徴をみながら考察していきたいと思います。
 さて、以前のコラムでも書かせていただきましたが、人間の体にある筋肉には3種類あります。体中どこにでもあって、手や足、頭や首、そして胸やお腹などで骨にくっついて、動かすことができる筋肉を骨格筋といいます。この筋肉の最大の特徴は自分の意思で動かすことができる筋肉だということです。そして、残る2つの筋肉は心臓だけにある心筋と内臓や血管などを構成する平滑筋があり、この2つの筋肉は自分の意思では動かせない筋肉となります。

筋肉は疲れる?
 では、筋肉は鍛えられるでしょうか?骨格筋は自分の意思で動かせますから、動かすことによって鍛えることができます。腹筋の運動をしたりすると明らかに筋肉が太くなり強くなったのを実感することができます。では、自分の意思で動かせない平滑筋は鍛えられるでしょうか?もしくは鍛える必要があるでしょうか?この答えをみつけるためのヒントとなるのが筋肉はいかにして疲労するかということです。
 例えば、久しぶりに走ったりすると、足が痛くて熱感が出現し動かすことも困難な状態がでます。骨格筋は非常に大きな力をだすことができますので、その疲労のメカニズムについては乳酸の蓄積やATPの需要不足の原因が指摘されております。しかしながら、最近の研究では乳酸の蓄積が関係なく細胞内にあるカルシウムイオンが漏れ出ることが疲労の原因であるなど一応の研究結果が出ております。
 それに比べて平滑筋の疲労については原因がわかっていません。わかっていませんといいましたが、そもそも平滑筋は疲労するのでしょうか。それでは、代表的な臓器である消化管(胃)の運動から考えてみましょう。お腹が空いたりするとグーグーやキュルルなどの音ともにお腹の中が動いたことが分かります。この音は非常にゆっくりであり、ゆっくり胃が動いていることを実感できます。この動きを蠕動運動といいこの蠕動運動を行っているのが平滑筋であります。消化管の運動は、自分の意思とは無関係に自動で動きます。もちろんこの自動に動くことが大事であり、もし骨格筋みたいに自分の意思で動かさなければならないなら食事ごとに自分で動かす時間を決めてどのくらいの強さで動かすのかも決めなければならず、おちおち寝てもいられません。他の内臓臓器でも同様で意思とは無関係に自動的に行われるほうがよいので、これらの運動には平滑筋が使われます。自動的に運動が行われるということは平滑筋は骨格筋と違った運動(収縮)の方法が求められ、大きな力はいらないが疲れないことが求められます。

平滑筋は疲れない
 では、平滑筋はなぜ疲れないのでしょう。まずは大きさと配列にヒントがあります。骨格筋の筋線維の長さは数ミリから数十センチメートルあるのに対して平滑筋は数十から数百マイクロメートル(1000分の1ミリメートル)しかありません。そして、筋肉を構成しているフィラメントの配列のまとまりが小さく、方向も縦横に向いているため、平滑筋が収縮すると、その平滑筋によって作られた内臓は大きな変形をおこすことが可能となります。つまり、それぞれの臓器の作用が起こるのには変形することが大事でありますが、これには比較的強い力がいらないため、疲労がないといわれています。
  また、もう一点エネルギーの使い方も平滑筋では工夫されています。筋肉の収縮にはカルシウムイオンというのが必要でありますが、骨格筋では、このカルシウムイオンを細胞内にある小胞体というところから放出させます。これには実にたくさんのエネルギーがいります。
  一方、平滑筋では細胞内の小胞体から放出されるカルシウムイオンもありますが、細胞外からカルシウムイオンを取り込みます。細胞外からカルシウムイオンを取り入れるにはさほどのエネルギーはいりません。図1にこの平滑筋のカルシウム動態を表す結果があります。

図1

 この図はモルモットの胃から記録した電位の変化とカルシウムイオンの変化をみたものです。Aは電位の記録、Bはカルシウムイオンの記録です。Cは拡大して重ね合わせたものです。左側がコントロールで右側が細胞の外からカルシウムイオンを入れない状態にしたものです。この実験では平滑筋の細胞内のカルシウムイオンの供給源はちょうど細胞内と細胞外が半分でした。

鍼治療との関わり
 さて、それでは平滑筋は疲労しないのだから、調子が悪くなるわけがないのでしょうか?自動で運動しているわけですが、その大きさを変えたりしているものが神経(主に自律神経)になるわけです。この調整ができないと、平滑筋自体が疲れなくても動きが悪くなるのも当然です。そこで、ここが鍼治療との関わりあいになるわけです。鍼治療では、治療後すぐに胃が動いたり、自覚的に胃が良くなったことを実感すると思いますが、モルモットを使った胃の実験からも自律神経の特に副交感神経の亢進が認められる結果がでています。
 しかしながら、最近ではもう一歩複雑になってきました。自律神経が作用する部位はどこかということです。自律神経の作用には神経からある物質が放出されて、それを筋で受け止めてその作用を発揮します。今まではこれで説明しようとしていたわけですが、実際には筋ではないところでも作用していることがわかってきました。胃は自律神経を切っても自動運動をしています。先ほど自律神経の刺激によって自動運動が大きくなったり小さくなったりすると言いましたが、もともとの動きがあるわけです。このもともとの動きを行う細胞がやっと最近になってわかってきて、その部位に対する神経の作用も明らかになりつつあります。つまり、筋自体が自動に動いていたのではなく、心臓みたいにペースメーカーとなる細胞の全貌が明らかとなってきたからです。
 このように、平滑筋の分野の研究は発展途上でありますが、疾患に即つながるため重要な分野であります。そして、鍼治療の作用する部位が臓器ごとに特徴があるため、一口に平滑筋といっても、まだほとんど直接的な結果がありません。しかしながら、いままで不思議な現象としてとらえられていた鍼治療の作用を証明するには、縁の下の力持ちとして称される平滑筋の機能がカギになると思われます。平滑筋に興味をもっていただけましたか?