ウォーキングのすすめ 東洋医学研究所®グループ二葉鍼灸療院 院長  河瀬 美之

平成24年2月1日号

はじめに
 走ったり、歩いたりすることで痩せられるといわれていますが、それだけの効果ではなく、筋・骨格筋の強化や心肺機能の増強、生活習慣病の是正、脳の活性化が証明されつつあります。このことから、鍼治療の効果と運動による効果は同じような効果があると思われますので、鍼治療にウォーキングジョギングなどを取り入れることによって相乗効果が期待できると思います。
 今回は運動による痛みの緩和・除去、健康維持、うつ病や認知症の予防・改善効果についてお話をさせて頂きたいと思います。

痛みの改善
 今まで腰が重たい・張った感じがする、膝に力が入らない・痛いといった症状であったものが、ある時から朝に腰が痛い、歩き始めに膝が痛いとなり、最後には1日中腰や膝が痛いといった症状に変わっていく大きな原因は筋力の低下が考えられます。したがいまして、その対処方法は痛み止めの薬を飲んだり筋肉の血行を良くする薬を飲むのではなく、運動をして筋力を以前のレベルに戻すことなのです。つまり、キーワードは"痛いから動かないのではなく、痛いから動く"です。
 しかし、運動を行うにはタイミングや量を間違えると悪化する場合がありますので、東洋医学研究所®グループの先生方にご相談下さい。

脂肪代謝の改善
 約10分間ウォーキングをすると歩数は約1000歩、距離にして600~700mに相当します。体重70kgの人が分速80m(時速4.8km:普通の歩行スピード)で10分間歩いた時のエネルギー消費量は約40kcalとなります。この運動により消費される脂肪量は脂肪1gは9kcalを発生させますので、単純計算で4.4gに相当します。しかし、糖質もエネルギーとして使われますので、脂肪による実際の消費量は約2g程度となります。
 な~んだ、運動しても少ししか減量できないんだと思われるかもしれませんが、運動を続けることで、エネルギーを最大に消費する筋肉が変化してきます。筋肉の中のミトコンドリアの数が増えてサイズも大きくなり、筋肉内の毛細血管の密度も上がります。ミトコンドリアは脂肪をエネルギーに変える器官であり、脂肪代謝に必要な酸素を運ぶ毛細血管が増えることにより、さらにその作用が増強されます。つまり、運動を継続することにより、脂肪を燃焼してエネルギーを消費しやすい身体に変化してくるのです。このような身体的な変化は週2~3回行うと2ヶ月ほどで起こりはじめてくるのです。

肺機能の改善
 階段を少し上っただけでも息切れがしたり、動悸がするという症状は十分な血液と酸素が身体に回っていない状態で、運動不足によって毛細血管とミトコンドリアの数が減り、心臓のポンプ機能が低下して心臓から出る1回の血液の拍出量が減少するためだといわれています。
 運動により、毛細血管とミトコンドリアの数が増えて心臓のポンプ機能が向上してくると自然と心肺機能が高まり、持久力がついて疲れにくい身体に変わってくるのです。

生活習慣病の改善
 生活習慣病である高血圧、糖尿病、脂質異常症などすべての死因を含めた全死亡、循環器のトラブルによる死亡のどちらも持久力が高ければ高いほど死亡率が低くなると言われています。さらに、肥満していても運動習慣がある人の方がスリムで身体的不活動な人達よりも圧倒的に病気の罹患率や死亡率が低いことが報告されています。
 筋肉細胞の中に糖を取り込むためにはインスリンを必要としますが、筋肉の収縮を伴う運動によってインスリンとは別ルートで糖を取り込むというルートがあることがわかり、運動によって糖代謝を高めれば糖尿病の改善の一助となることがいわれています。
 また、運動により動脈硬化の改善や脂質異常症の改善、高血圧症の改善並びにガンによる死亡リスクが低くなることが報告されています。

脳の活性化
 福岡大学の田中宏暁教授はマウスの動物実験で、ランニングホイールでマウスを走らせると神経細胞が増え、脳の容量が増えることがわかり、記憶に関わる海馬の神経細胞が増え、脳の構造そのものに変化がみられ、学習能力も高くなったと報告されています。
 また、京都大学の久保田競名誉教授は移動のスピードで脳の働く部位が違うことを発見されました(図1)。時速3kmで歩くと脳の運動野が働き、時速5kmにペースアップすると運動野に加え前運動野が働き、時速9kmで走るとさらに前頭連合野が働き出すとのことであり、前頭連合野は論理的な判断、将来の予測や計画を立てるといった人らしさを象徴する部位であります。つまり、運動により神経細胞同士の信号のやり取りをスムーズにし、神経細胞分裂を促したり、長期記憶を増強させたりといった働きがあり、記憶力がアップし、判断力や発想力が磨かれることになるのです。
 また、ウォーキングやランニングなどのリズミカルな運動により、脳内にセロトニンが作られます。セロトニンは自律神経のバランスを保ったり、不安や緊張を取り除く作用があり、走った後に爽快な状態になるだけでなく、うつ症状の改善にも有効であることがわかってきています。認知症も運動をしているかしていないかで発症率が違うという報告もあります。

具体的な運動方法
 以前までは脂肪が燃焼し始めるのに必要な時間は運動開始から約12分程度経過してからというのが定説でした。したがいまして、5分や10分では筋肉内の糖質が燃やされる程度で脂肪量の減少によるダイエット効果は少ないということでした。
 ところが、最近の研究では図2のように運動開始から全エネルギー源の40%が脂肪で60%が糖質という配分で消費されることがわかり、少しの時間でも脂質代謝が起こることが言われるようになりました。そして、糖質と脂肪の消費配分が運動開始から20分を過ぎたあたりから逆転して脂肪の方が多くなってくるのです。

 
今年の1月号の黒野保三所長のコラム:健康で長寿は自己管理の時代に健康を保つための基本的な生活習慣のひとつである散歩について「初日に15分歩いてみて、問題がなければ1週間続けます。次週は20分という具合に5分づつ、40分から50分までのばして下さい。散歩を6か月以上続けますと、体調が良い方向へ変化します。」と述べられています。
 したがいまして、ウォーキングは無理をすると続かなくなりますので、自分のペースで少しづつ行い、長期間続けることが大切だと思います。

おわりに
 1回のウォーキングで次の日には中性脂肪の値が減少し、糖の代謝が促進されます。筋肉内にはミトコンドリアと毛細血管が増加して脂肪代謝も上がり、心肺機能も改善されます。また、生活習慣病の発症率も下がり予防にもなり、脳の活性を促し、うつ状態を改善することも報告されています。
 「1回のウォーキングは1服の薬」と心得て、鍼治療と共に長く続けて、健康を維持して頂きたいと思います。

引用文献
1) 森谷敏夫:更年期女性における運動と栄養の役割.
  更年期と加齢のヘルスケア8(1).12-20.2009.
2) 田中宏暁:スロージョギング健康法 ゆっくり走るだけで、脳と体が元気になる.
  朝日新聞出版.2010.