運動器不安定症について 東洋医学研究所®グループ   二葉鍼灸療院 院長 河瀬 美之

平成25年8月1日号
 
はじめに

日本は現在、世界一の高齢社会であり、要介護者の24%は歩行や移動といった運動障害がその直接的な原因であり、年々介護医療費が増加しています。
このような背景から、厚生労働省は2006年に運動器不安定症という新しい概念を承認し、また、2007年には日本整形外科学会がロコモティブシンドローム(運動器症候群)を提唱しました。
そこで、今回、運動器不安定症とは何か、また、その予防法について述べてみたいと思います。

運動器不安定症とは

運動器不安定症は「高齢化により、バランス能力および移動歩行能力の低下が生じ、閉じこもり、転倒リスクが高まった状態」と定義されています。

運動器不安定症の起こり方

首や腰、膝や股関節など身体を動かすすべての関節には、骨と骨をくっつける靭帯があり、骨と骨の間にはクッションのような役割をする関節軟骨が存在しています。例えば、背骨であれば椎間板、膝関節であれば半月板という軟骨があります。この部分に筋肉がついており、筋肉の収縮によって身体を動かしています。
さて、トマトがネットに入っている下の写真をご覧下さい。左と右との違いがわかりますでしょうか?左はネットがパーンと張っており3個のトマトが上下に整然と並んでいます。右はネットが緩んでいるために3個のトマトがいびつに並んでいる様子がわかります。
人間の身体でいうと、トマトは首や腰の骨(頚椎や腰椎)であり、ネットは筋肉を意味します。左のように、ネットの筋肉がしっかりしていればトマトである頚椎や腰椎は整然と並ぶことができ、上下の圧力が均等にかかり、これが正常な状態であります。しかし、右のように、ネットである筋肉が緩んでしまいますと(筋力が低下することを意味します)、いびつに並び、頚椎や腰椎は上下の圧力に対して部分的に余分な力が加わり、動かすたびに移動を繰り返すという不安定状態になり、その部分から変形が始まることになります。
このような現象が膝関節や股関節をはじめ、すべての関節に起こり、変形が始まり、痛みが生じることになり、これが運動器不安定症の始まりとなります。
身体を動かす私達にとって、筋肉がしっかりしているということが、いかに重要であることがおわかりいただけたと思います。


運動器不安定症の予防

骨密度は成人に達するまで増加しつづけ、20~40歳代でピークに達し、それ以降は低下します。筋肉の量は、大腿四頭筋(ふともも前面の筋肉)の断面の面積でみると、約24歳でピークとなり、その後減少し、50歳以降の減少は著しく、20歳から80歳までに平均40%減少するといわれています。
このようなことから、40~50歳代の人でも「私は要介護・寝たきりにはまだ無縁の年齢だ」と思っているとあっという間に衰えが生じ、気がつくと足腰が痛くなってきます。階段よりエスカレーターを使ってしまうとか、歩いて10分ほどの所に行くのに自動車を利用してしまうという人は要注意です。
運動器不安定症の診断基準には、目を開けて片足で15秒以上立つというテストと、椅子から立ち上がって3メートルまで歩いていき、11秒以内でまたもとの椅子に座るというテストがありますが、これらはまさしく足腰の筋力の状態をみているものです。つまり、足腰の筋力を強化することが運動器不安定症を改善する方法であり、転倒予防、ひいては寝たきり防止につながるものです。
そこで必要なことは、人が立ち、歩くという機能の維持・改善を目的とする場合、①足腰の筋力強化②バランスの強化③膝、腰に過剰な負担をかけないことの3点が基本となります。日本整形外科学会ではこの3点を満たし家庭でもできる方法(ロコモーショントレーニング)として、目を開けて片足で立つこととスクワット(膝の屈伸)を勧めています。
目を開けて片足で立つ場合には机などにつかまって行ってもいいです。1分間の片足立ちを1日に3回行いましょう。スクワットは軽く膝を曲げる程度でもいいですし、机につかまって5~6回繰り返し、これを1日3回行いましょう。
実際には毎日、外に出て散歩を行うのが最も効果的です。平成25年1月号の黒野保三所長のコラム『健康長寿は自己管理と鍼治療』では健康を保つための基本的な生活習慣について書かれています。黒野保三所長は散歩について「初日に15分歩いてみて、問題がなければ1週間続けます。次週は20分という具合に5分づつ、40分から50分までのばして下さい。散歩を6か月以上続けますと、体調が良い方向へ変化します。無理をせずに長い期間続けるように心がけましょう。」と述べておられます。

運動器不安定症と鍼治療

鍼治療を行うと筋力がアップするという報告はありませんが、鍼治療によりその部分の血行が良くなるので、運動をすることによる筋力アップの一助になることは想像できます。痛みがある場合にはその痛みを鍼治療で改善しておき、動けるようになったら徐々に運動を開始するといいと思います。そして、鍼治療の最大の効果として、運動をしようとする「やる気」を起こさせてくれることです。身体がだるかったり、体調が良くないと運動する気は起きてきませんが、鍼治療は体調を整え、やる気を起こさせてくれる最良の治療法だと思います。
先日、当院に来院されてから3ヶ月ほど経過した患者さんから、「私、痩せましたよね。」と言われました。「友人にどんなダイエットをしているのと質問されたので、心当たりを考えてて思ったことは、鍼治療を受けるようになって身体の調子が良くなり、家庭の仕事をどんどんこなすようになり動くことに不安がなくなったので、それが健康的な痩せにつながったんじゃないかと思っています。」と言われました。このように、鍼治療は本当の意味の健康管理に役立ちます。
黒野保三所長の提唱されている鍼治療による生体制御療法は健康管理・老化防止に最適な治療法であります。東洋医学研究所®グループの先生方は黒野保三所長のご指導を頂きながら適切な生体制御療法を行うべく、サッカー日本代表の本田圭佑選手が言っている「個」を高めるために何十年も前から研鑽を行っています。

おわりに

運動器不安定症に対して痛みを和らげる手段として鍼治療が有効であり、さらに、鍼治療による生体制御療法を行ってロコモティブシンドロームおよびメタボリックシンドロームを予防することが可能であると思われます。
要介護、寝たきりにならないための予防に鍼治療を是非お試し下さい。

引用・参考文献
中村耕三:ロコモティブシンドローム;日本老年医学会雑誌49(4).393-401.2012.