運動による疲労(1)ー乳酸に関すること ー東洋医学研究所®グループ  二葉鍼灸療院 院長 田中 良和 

スポーツを行う、旅行で遠い距離を歩く、山登りなど長時間継続する運動や、きつい運動を行った後に疲労を感じた経験はあるのではないだろうか。そして、「ああ、乳酸が溜まっている」と言葉に出したり、思ったりしたこともあるのではないだろうか。
さて、それは「疲労」に対して正しい考え方なのだろうかということを今回は説明していきたいと思う。

◇ 乳酸に関すること
~筋肉での話~

運動は、筋肉に蓄えられているエネルギーや糖質また脂質と酸素を利用し、運動強度にあわせてうまく体が調整してエネルギー産生が行われる。運動がきつく、筋肉に蓄えてあるエネルギーでは対応できない時に糖質が利用される(解糖系)。その時の代謝産物として乳酸が放出される。また糖質により得られたエネルギーは筋肉の中でも強度の高い運動に対応する速筋線維で利用される。
運動時、エネルギーをつくる際はATPという物質をどれだけ作るか、貯めておくかということが重要となり、そのATPをADPに分解する時にエネルギーが発生する。

乳酸が放出された時の筋肉の状態をみるとpHが低下してアシドーシスの状態(酸性に傾いている)となっている。このような状態と疲労を感じる体の状況の中で、これまで「乳酸が生成されるとpHが低下し、筋が発揮する張力が低下する」「この蓄積が疲労の原因である」と信じられてきた。
しかし近年の研究によれば、乳酸やアシドーシスは疲労には問題にならない、あるいは逆に筋肉活動に対し保護作用があることが明らかにされつつある。
その理由として
① 乳酸は放出された後、乳酸塩という物質となり遅筋線維や心筋で利用される。
② 乳酸は30分から1時間以内には筋肉細胞内には存在しなくなる。
③ 筋肉のアシドーシスはATPがADPに分解される際つくられる水素イオンによるところが大きく、乳酸はこの分解速度を高める作用がある。
④ 水素イオンは筋肉のミトコンドリアが取り込んで再利用するが、運動が激しいとその機能が追いつかなくなりアシドーシスの状態になる。
と考えられている。

乳酸は運動を行う限り必ず放出される。乳酸は再利用されるという観点からも一元的な疲労物質でないことがわかる。
ただ乳酸性作業閾値(LT:Lactate Threshold)というものがあり、乳酸の産生がある限界点を越えると一気に増える=「運動がきつくなる」という状態となる。これはただ運動強度が増加しただけであり、乳酸を運動強度の指標にすることができるという話である。

~脳での話~
近年の研究では、脳神経細胞が急激な活動などでエネルギーを緊急に必要とする時は血中などからのグルコースでは間に合わずに乳酸を使うことが明らかになってきている。
そのシステムは「血中乳酸をアストロサイト(グリア細胞)が取り込む→神経細胞に供給→神経細胞が利用。また、アストロサイト貯蔵グリコーゲン→解糖系でエネルギーとともに乳酸産生→神経細胞のエネルギーとして利用する。」となっている。

運動を行うと乳酸は出るが、それは筋肉・心臓・脳においてエネルギーとして再利用されることが近年の研究で明らかになっている。乳酸は疲労とは関係がある可能性はあるが、「疲労物質ではない」ということが分かる。
次回は、これを踏まえて疲労について考えていきたい。

参考文献
・八田秀雄著:エネルギー代謝を活かしたスポーツトレーニング.講談社.2006.2.
・和田正信など:筋収縮における乳酸の役割体育学教育51.2006.
・征矢英昭など:筋疲労の原因は脳内貯蔵エネルギーの減少-疲労を伴う長時間運動事の脳グリコーゲン減少とその分子基盤の一端を解明-.筑波大学.2011.
・渡辺恭良:疲労の分子神経メカニズムと疲労克服.大阪市立大学大学院医学研究科・システム神経科学
・梶本修身:解明されてきた現代における「疲れ」の原因.大阪市立大学大学院医学研究科 疲労医学講座 特任教授