コラム 睡眠の質を高め認知症を予防しよう 東洋医学研究所®グループ  二葉鍼灸療院 院長 皆川宗徳 平成30年6月1日号

超高齢社会に伴い、認知症を患う人の数が2025 年には700万人を超えるとの推計値が厚生労働省から発表されています。2012年時点の462万人から約1.5 倍に増加することになり、65歳以上の高齢者のうち5人に1人が認知症に罹患する計算となります。さらに正常から認知症への移行状態といえる軽度認知障害も2012 年時点で約400万人と推計されていて、軽度認知障害の人は何もせずに放置すると5 年以内に50%が認知症になることがわかっており、認知症に対する理解を深め、早期発見して早期治療・ケアに結びつけることがとても重要であります。
睡眠には日中の疲れを回復させるだけではなく、脳の機能を維持するための重要な役割があります。最近は、適切な睡眠の量や質が認知症予防に効果があることがわかってきました。
「国民健康・栄養調査(平成27年、厚生労働省)」によると、一日の平均睡眠時間が6時間未満の人の割合は、約4割。日本人の睡眠時間は短く、その割合はこの10年で増加しています。また、この調査では睡眠時間が6時間未満の群は、6時間以上の群に比べて明らかに入眠困難や中途覚醒、早朝覚醒を訴える人が多く、睡眠の質が悪いこともわかりました。最近の研究では、睡眠の量や質は認知症と深く関わっていることが明らかになってきています。
認知症の中で最も多いアルツハイマー型認知症の人の脳内には、「アミロイドβ(ベータ)」というたんぱく質が沈着していて、この物質が神経細胞を死滅させることで、発症すると考えられています。しかし本来、脳には、アミロイドβのような有害な物質を除去して脳機能を保つ働きがあり、その役割を担っているのが、睡眠です。2013年にアメリカのワシントン大学の研究班が「JAMANeurology」誌に発表した論文によると、入眠困難や中途覚醒、早朝覚醒などがある睡眠が不安定な人は、睡眠が安定している人に比べてアミロイドβの蓄積が5.6倍ということがわかりました。また、実験的に24時間覚醒を続けると、通常の睡眠をとった場合と比べてアミロイドβが増加したといった研究結果もあります。このアミロイドβの蓄積は、認知症発症の20年以上前から始まっているといわれており、久留米大学病院精神神経科教授の内村直尚医師が、「人は眠ることで脳内の老廃物を排出し、脳のメンテナンスをしています。慢性的な睡眠不足で老廃物が長期間にわたって蓄積すると、脳の機能が低下し、認知症を発症すると考えられる。」と言われています。
さらに、さまざまな研究から睡眠不足は記憶・学習能力を低下させ、糖尿病や高血圧、うつ病になるリスクを高めることがわかってきており、これらの病気は、認知症発症のリスクでもあります。こうしたことから、若いうちから睡眠時間を十分に確保し、質のいい睡眠をとることは、認知症予防につながると考えられます。
では、認知症予防のためには、毎日どれくらいの睡眠をとればいいのでしょうか?睡眠時間を「6時間以下」「7時間」「8時間以上」の三つのグループに分けて、認知症発症リスクを調べた研究では、7時間の人に比べて6時間以下や8時間以上の人はリスクが高まるという結果が出ています。認知症予防には、いかに睡眠の質を高めることが重要であるかがキーポイントです。
鍼治療により睡眠の改善効果があることは臨床鍼灸の現場でよく経験されています。
東洋医学研究所®及び東洋医学研究所®グループでは種々鍼治療の睡眠に対する臨床研究を行っております。
第27回生体制御学会学術集会シンポジウム「医療の水際での鍼灸診療」において、「鍼灸院における睡眠に対する鍼治療の実態調査」と題して、初回鍼治療日に主訴の内容に関わらず1回の鍼治療で63%の人がいつもよりよく眠れたと回答していると報告しました。
また、鍼治療を行った日と、行わなかった日の2日間の睡眠の評価をOSA睡眠調査票MA版を使用して検討した結果、入眠と睡眠維持、夢み、疲労回復において点数の増加が認められ、鍼治療により自覚的な睡眠の質が改善したことが客観的に評価されました。
また「睡眠障害に伴う不定愁訴に対する鍼治療の検討」と題した報告では、6症例の不定愁訴指数の推移は有意に減少し、不定愁訴カルテによる効果は、著効1例、有効5例でありました。また、睡眠障害も全症例において改善され、睡眠障害および睡眠障害に伴う不定愁訴に対する鍼治療の有効性が示されました。
鍼治療が、睡眠の質を高めていることは、自律神経の副交感神経機能を亢進しているという基礎研究結果からも明らかであります。
睡眠障害でお悩みの方は、是非、鍼治療を受けられることをお勧めします。

引用文献
1) 朝田隆:厚生労働科学研究費補助金認知症対策総合研究事業 都市部における認知症有病率と認知症の生活機能障害への対応. 平成23年度~平成24 年度総合研究報告書. 2013.
2) 厚生労働省:平成27年「国民健康・栄養調査」の結果
http://www. mhlw.go . jp/st f / houdou /0000142359.html
3)宮崎総一郎:睡眠とは. 睡眠からみた認知症診療ハンドブック. 全日本病院出版会,東京, 2016, 2-7.
4) 石神龍代,皆川宗徳,福田裕康,井島晴彦,近藤利夫,黒野保三. 睡眠障害に伴う不定愁訴に対する鍼治療の検討. 全日鍼灸会誌. 2006: 56(5); 793-801.
5) Kurono Y, Minagawa M, Ishigami T, Yamada A, Kakamu T, Hayano J.Acupuncture to Danzhong but not to Zhongting increases the cardiac vagal component of heart rate variability. AutonNeurosci. 2011; 161. 116-20.