40代から始める認知症予防 東洋医学研究所®グループ  いちえ鍼療院 院長 内藤 真次 平成30年11月1日号

はじめに
最近、東京大学など38の研究機関が日本人を対象にした調査でまとめた「認知症の前段階である軽度認知障害(MCI)の6割が3年以内に認知症を発症する」という研究結果が、アメリカ誌に発表されました。軽度認知障害とわかったとしても、半分以上が3年以内に認知症を発症するということです。
では、認知症を治す薬はどうかというと、根本的な治療薬は登場していません。世界初の認知症治療薬として、1997年にアメリカで発売が開始されたアリセプト以降、現在に至るまで20年以上たってもまだ開発できていないのです。それどころか、世界中の製薬会社が次々と認知症の治療薬の開発から撤退しています。これだけ聞くと、患者さんやそのご家族は絶望的に感じるかもしれません。いまの認知症に対する一般的なイメージは「なったら治らない」というものでしょう。
ところが、アメリカではこの常識をくつがえす画期的な治療法が話題になっています。アルツハイマー病など神経変性疾患の世界的権威であるデール・ブレデセン博士が考案した「リコード法」で、「9割の症状が改善」「500人以上が回復」など、患者さんにとっては希望となる数字が報告されています。
物忘れが始まるのは早ければ40代くらいからです。40代から少しずつ症状が進行していき20~30年かけて広がっていくのです。60代を超えて、明らかな症状が出てきたときにはすでに手遅れです。アルツハイマー病を予防したいのであれば40代から生活習慣を見直すことが必要なのです。

そこで今回、認知症予防策として日常生活を改善するいくつかの方法をご紹介します。
 
3つの原因と36の要因
アルツハイマー病は、炎症が起こったり、栄養不足に陥ったり、毒物が蓄積することにより、脳がダメージを受けて認知機能が低下していきます。ブレデセン教授は「炎症」「栄養不足」「毒物」による認知症の要因を「屋根にあいた36個の穴」にたとえています。雨漏りする屋根を放置すれば雨水が家の中にどんどんたまります。同じように、36の要因を放置していると、認知機能が徐々に低下して認知症へと進んでしまいます。ブレデセン教授が示す36の要因は、むずかしい医学用語が多いので割愛しますが、わかりやすいものをいくつか図1にてご紹介します。

薬ではすべての穴をふさげない
アルツハイマー病はたくさんの原因があり、アミロイドβをどうにかすることで治る病気ではないとブレデセン教授は断言しています。一錠の薬は穴のひとつかふたつをふさぐことはできるかもしれませんが、すべての穴はふさげません。それぞれの穴をふさぐ、こまやかな対処が必要なのです。穴をすべてふさぐことだけではなく、小さくすることでも改善できます。そして修復できる穴の数が多いほど認知機能が回復する可能性が広がります。(図2)

認知症予防のカギは「ケトン体」
アルツハイマー病の脅威である「炎症」「栄養不足」「毒物」の多くは食事由来ですので、予防の中心は食事の改善になります。アルツハイマー病は高インスリンと高血糖が最も重要な危険因子となります。
アルツハイマー病は、インスリン抵抗性が高いか、もしくは脳のインスリン濃度が低く、神経細胞がブドウ糖をエネルギーとして利用できなくなっています。この場合、ブドウ糖以外のエネルギー源を脳に送ると認知機能が改善します。
ここで活躍するのがケトン体です。これまで脳がブドウ糖しかエネルギーとして利用できないとされてきましたが、ケトン体も脳をはじめ生命活動のエネルギー源として利用できることが分かっています。更に、エネルギーが作られるときに老化や病気をもたらす燃えカスがでません。ケトン体そのものに強い抗酸化作用があり、動脈硬化予防、認知機能アップなど、健康長寿の強い味方となります。
ケトン体は、中鎖脂肪酸や体内にため込まれている脂肪からつくられるため、中鎖脂肪酸を食事でとることや糖質の摂取量を抑え絶食することで、体内のケトン体が合成されます。
逆に、睡眠不足、ストレス、運動不足は血糖値が上がりやすく、ケトン体がスムーズに作られなくなってしまいます。

運動で海馬の神経細胞が増える
運動が認知機能の低下を抑制することは多くの研究で明らかになっています。運動を最も効果的な脳トレという研究者もいるほどです。アメリカのピッツバーグ大学で行われた55~80歳の男女を対象にした研究では、有酸素運動で海馬の神経細胞が増えたことがわかりました。運動には、インスリン抵抗性を改善する、脳の血流をよくする、ストレスを軽くする、熟睡できる等、アルツハイマー病予防に役立つ効果が沢山あります。
また、ハーバード大学医学部は、太極拳を「動く医療」として紹介するなど、太極拳の医療効果が注目されています。太極拳は体重移動を意識しながら、関節と筋肉を同時に動かすことで運動器官、感覚器官、心肺機能を同時に高めます。

睡眠は脳のデトックス時間
最近の研究で、アミロイドβなど脳にたまった老廃物は睡眠中に洗い流されていることが分かりました。睡眠は脳の掃除をする大事な時間だったのです。ワシントン大学で行った調査では、よく眠れている人ほどアミロイドβの蓄積が少なかったそうです。
睡眠時間が短いと脳が委縮するスピードが速く認知機能の低下も進みやすいので、睡眠不足がそのままアルツハイマー病に直結すると言ってもいいくらいです。
朝すっきり目覚めて、日中に強い眠気に襲われなければ睡眠時間は足りています。眠っても疲れが取れない、日中に強い眠気を感じる、イライラしやすいといった場合は睡眠が不足しています。

毎日ご機嫌で過ごそう
過度なストレスも脳の大敵です。ストレスがかかっているときは、神経細胞からアドレナリンやドーパミンといった神経伝達物質が出ているのですが、これらが多くなりすぎると神経細胞のネットワークが低下することが分かっています。
また、ストレスを受けた時にはコルチゾールというホルモンが分泌されているのですが、一定量を超えると脳にダメージを与え、委縮してしまいます。ストレスは脳を老化させる大敵なのです。100歳を超えて元気に過ごしている方はみんな楽しそうに生きていてストレスと無縁な人ばかりです。嫌なことはすぐに忘れてしまうポジティブな忘れっぽさで、ストレスをためないようにしましょう。

口腔ケアで認知症予防
認知症の治療になぜ口腔ケアが必要なのか不思議に思われるかもしれませんが、最近の研究で口の中の細菌バランスが腸内の細菌バランスに大きな影響を与えていることが分かりました。腸内環境を整えるには、まず口腔ケアが重要なことが分かったのです。口腔ケアの基本は歯磨きです。起きた時(朝食の前)と食後に歯を磨きましょう。起床後は口腔内の病原菌が増えているので食事の前にも歯を磨くようにしましょう。

おわりに
認知症は、明確な症状が初めから現れるわけではありません。代表的な認知症のアルツハイマー病は、診断を受ける15~30年前の40代頃にひっそりとはじまるのです。怖いのは、自覚症状がないまま、静かに病状は進行していくことです。当然本人も家族も気付きようがありません。
40代から徐々に進行している認知症の要因を「できるだけすぐに」「できるだけ多く」排除し、良い生活習慣に切り替えてしっかりと認知症予防をしましょう。この機会に、日頃の生活を見直してみてはいかがですか?

引用文献
・白沢卓二:アルツハイマー革命 ボケた脳がよみがえる.2018.8.主婦の友社
・デール・プレデセン:アルツハイマー病 真実と終焉.2018.3.ソシム