認知症の基礎知識 東洋医学研究所®グループ  ことぶき鍼灸院 院長 秋田 壽紀 令和元年5月1日号

はじめに
超高齢社会となっている現在の日本ですが、総人口に占める高齢者人口の割合の推移をみると、1950年(4.9%)以降一貫して上昇が続いており、1985年に10%、2005年に20%を超え、2018年には28.1%となりました。
国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、この割合は今後も上昇を続け、第2次ベビーブーム期(1971年~1974年)に生まれた世代が65歳以上となる2040年には、35.3%になると見込まれています。
このように急速な超高齢化に直面している日本において、認知症患者の人数も増加しており、2012年には462万人でしたが、2025年には700万人を超えると予測されています。
治療院で、高齢の患者様と接する機会が良くありますが、自分が認知症になるのではないか、最近物忘れをするようになったから認知症になっているのではないかという心配の声をよく聞きます。加齢による物忘れと認知症による初期の記憶障害は区別が難しいので、心配になってしまうのは仕方がないでしょう。しかし、認知症に対する知識を身につけることである程度、区別することができ、認知症の早期発見にもつながります。また、早めに対処することで、認知症の進行を遅くすることもできるため、知識を身につけておくことは大切です。
そこで今回は、認知症の基礎知識、特に認知症の症状について説明していきます。

認知症とは
「認知症」は、病名ではなく、いろいろな原因で脳の細胞が死んでしまったり、働きが悪くなったりしたために、認識したり、記憶したり、判断したりする力が障害を受け、社会生活に支障をきたす状態のことを示す言葉です。認知症と言えば記憶障害のイメージが強いと思いますが、認知症では記憶だけでなく、認知機能全体が障害されるため社会生活に支障をきたしてしまいます。
認知症の原因となる病気には様々なものがありますが、もっとも割合の高い病気は、脳の神経細胞が通常よりも速いスピードで減少し、脳が委縮してしまうアルツハイマー型認知症で、全体の67%を占めるとされています。次いで、脳の血管が詰まったり、出血したりすることで脳が障害される脳血管型認知症が19%、レビー小体という異常なたんぱく質が脳に現れ、神経細胞が減少するレビー小体型認知症が5%という割合になっています。原因となる疾患によって認知症の症状は変わってきますが、認知機能が低下するという点は共通しています。

認知機能とは
認知機能とは、理解、判断、論理などの知的機能のことを言い、五感(視る、聴く、触る、嗅ぐ、味わう)を通じて外部から入ってきた情報から、
・物事や自分の置かれている状況を認識する
・言葉を自由にあやつる
・計算する、学習する
・何かを記憶する
・問題解決のために深く考える
などといった、人の知的機能を総称した概念です。 
認知症ではなくても加齢によって認知機能は変化します。加齢の影響は認知機能を構成するそれぞれの要素によっても異なります。教育や学習などの社会文化的経験によって発達した能力は、高齢になっても比較的良く保たれます。高齢になっても活躍をする芸術家、文芸家、政治家、組織や企業の指導者などは、世の中にたくさんいます。それに対し、新しい環境に適応するために問題を解決していく能力は、加齢に伴ってその機能が低下することが知られています。また、脳内での処理速度が加齢に伴って遅くなっていくため、課題を遂行するのが総じて遅くなっていき、瞬時の反応や判断というものは苦手になっていきます。
 
認知症の症状
このような認知機能が生活に支障が出るレベルまで低下した状態が認知症と言われますが、主な症状として「記憶障害」「見当識障害」「失語」「失行」「失認」「遂行機能障害」の6つがあります。

・記憶障害
記憶には、記銘(まず何かを覚えること)、保持(覚えた記憶を情報として維持すること)、想起(維持している情報を思い出すこと)の3つの流れがあります。誰でも、若い時から物忘れをすることがありますが、通常の物忘れでは「想起」が問題となっている場合が多いと考えられています。加齢による物忘れも同様です。ですから、思い出すきっかけやヒントがあれば思い出すことができます。また、買い物や外出した時に、何を買ったか、何があったかという出来事の一部を忘れてしまうことはありますが、出かけたこと自体を忘れてしまうことはありません。
一方、認知症の記憶障害では、はじめの「記銘」が問題となります。ですから、ヒントなどを出しても、記憶の記銘自体ができていないので、思い出すことはできません。また、出来事自体を忘れてしまったり、忘れているということを自覚できていない場合があります。そのため、話をしていてもつじつまが合わないことや、何度も同じ話を繰り返す、話の脈絡をすぐ失うということが多くなってきます。また、物を無くしやすくなり、盗まれたと勘違いしてしまうこともあります。新しいことは覚えられませんが、昔から覚えていることや、楽器や裁縫、家事などの手続き記憶といわれるものは比較的保たれるのも特徴です。
加齢による物忘れと、認知症の記憶障害とを区別するポイントは、物忘れをしている自覚があるかどうか、日常生活に支障があるかどうか、ヒントやきっかけがあれば思い出せるかどうかという点になります。認知症であると気が付くきっかけはこの記憶障害であることが多いので、注意するポイントになります。

・見当識障害
見当識とは、自分が置かれている状況、例えば年月日、時間、季節、場所、人物などの状況を正しく認識する能力です。見当識に障害が起きると、今日は何月何日か、今が何時か、今自分がどこにいるのか、誰と話をしているかなどが正確に認識出来なくなります。
そのため、遅刻をする、外出の準備ができない、慣れている道でも道順がわからなくなる、トイレの場所が分からなくなるなどの症状があらわれます。

・失語
失語とは話をできる機能は保たれていても、会話ができない状態のことです。失語には運動性失語という「聞いた言葉は理解できるが話せない」ものと、感覚性失語という「話はできるが言い間違いが多かったり話の内容が理解できていない」というものの、2種類があります。

・失行
失行とは、運動障害が見られないにもかかわらず、日常生活で普通に行っている行動ができなくなることです。例えば、ネクタイが結べなくなる、着替えができなくなる、うがいができなくなると言った日常動作ができなくなります。

・失認
失認とは、目や耳などの異常はみられないが、物体を認識できない、周りの状況を理解することができなくなることです。例えば、普段歩き慣れている道が分からなくなる、道具の使い方が分からなくなる、赤信号を見ても止まらない、などの症状があらわれます。

・遂行機能障害
遂行機能障害とは、計画を立てて物事を行うことができなくなることです。例えば、料理をするときには、まず、作る料理を決めて、同時進行で野菜を切ったり、お湯を沸かしたり、調味料を適量で使ったりと様々な作業を計画的に行う必要があります。それができなくなるので、料理を作れても時間がかかるようになってしまったり、味が変わってしまったりします。また、何か問題が起きたときにはうまく対処できなくなってしまいます。

このような、認知機能の低下による症状を認知症の「中核症状」と言います。
一方、中核症状によって引き起こされる二次的な症状を「行動・心理症状」や「周辺症状」と言います。中核症状が元となって、行動や心理症状に現れるもので、本人の性格や環境、心理状態によって出現するため、人それぞれ個人差があります。
例えば、認知症になり、様々な認知機能が落ちてくると、日常生活に支障が出てきます。できないことが増えることから、気分が落ち込む(抑うつ)状態が見られることがあります。この抑うつや不安が行動・心理症状の一つで、比較的初期から多くの人に見られる症状です。意欲の低下や不眠、食欲が落ちたり何事にも興味を示さなくなるなどの症状もあらわれるので、うつ病とも誤解されがちですが、認知症の行動・心理症状としてのうつ状態です。うつ病が悲観的なのに対し、認知症によるうつ状態は無関心が多いと言われています。
行動・心理症状の行動症状として睡眠障害や徘徊、介助への拒絶、異食・過食、徘徊、暴力、不潔行為などがあり、精神症状として不安、抑うつ、怒りっぽくなる、意欲の低下、妄想、妄言、幻覚などがあります。多岐にわたる症状で、介護者にとっても大きな負担になります。しかし、行動・心理症状は本人の心の表現であり、このような症状があらわれるのはそれだけストレスがかかっているという証拠でもあります。環境や対応を変え、本人の負担を軽減することで、行動・心理症状が改善するということもあります。

おわりに
今回は、認知症の基礎知識として、認知症の症状について説明してきました。通常の加齢による変化と認知症による変化を見極め、早めに対処することで認知症の進行を遅くすることもできます。しかし、最も大切なのは、認知症にならないように予防をするということです。認知症には、睡眠や運動、食生活などの生活習慣が大きく影響を与えます。また、糖尿病や、高血圧などの生活習慣病も認知症のリスクになることが分かっています。
鍼治療は、これらの生活習慣病に対して効果があることを示しています。また、鍼治療は認知症の認知機能の低下に対して効果があるという研究も報告されています。ですから、生活習慣の改善とともに是非、鍼治療を取り入れて、認知症の予防をしていきましょう。

引用・参考文献
・総務省統計局 統計トピックスNo.113 統計からみた我が国の高齢者
https://www.stat.go.jp/data/topics/topi1130.html
・認知症施策の現状 厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11901000...Soumuka/0000069443.pdf
・デール・プレデセン:アルツハイマー病 真実と終焉. ソシム.2018 
・池上晴之:NHK今日の健康大百科NHK出版.2010
・黒野保三.長生き健康「鍼」.現代書林.2008
・Bai-Yun Zeng.Effect and Mechanism ofAcupuncture on Alzheimer'sDisease. International Review of Neurobiology;Volume 111.181-93.2013