認知症を予防しましょう 東洋医学研究所®副院長 石神 龍代 令和元年7月1日号

はじめに
急速な超高齢化に直面している日本において、認知症(一度正常に発達した認知機能が後天的な脳の障害によって持続的に低下し、日常生活や社会生活に支障を来すようになった状態を指すもの)の患者数は、団塊世代全員が75歳以上となる2025年には約700万人(高齢者の約20%、5人に1人)に上ると予測されています。
そこで、認知症の危険因子と防御因子についての研究内容を紹介させていただき、認知症発症予防にお役立ていただきたいと思います。

1.認知症予防に関する記事
5月17日の中日新聞で「認知症予防重視 認知症対策を強化するため、政府は16日の有識者会議で『予防』を重要な柱とした2025年までの新たな大綱の素案を示した。政府は6月の関係閣僚会議で大綱を決定する。『予防』は政府の従来方針である認知症の人が暮らしやすい社会を目指す『共生』とともに2本の柱に据える。素案には認知症の人数を抑制する初の数値目標を導入し、数値目標として『70代の発症を10年間で1歳遅らせる』認知症の人の割合について6年間で6%低下させることを目指す。10年間では約1割減少することになる。」と報じられました。
これは認知症患者増加による社会負担の増大、介護保険をはじめとする医療福祉財源に対する圧迫を緩和し、高齢者が健やかに長寿を享受できる豊かな長寿社会の実現を目指すためのものと思われます。

2.認知症の危険因子と防御因子
認知症の原因は様々でありますが、その成因がいまだ十分に解明されておらず、根本的な治療法も確立されていないのが実情のなかで、疫学研究によって認知症の危険因子、防御因子を明らかにする研究が行われています。
福岡県糟屋郡久山町における久山町研究は、1961年より50年以上にわたり継続中の生活習慣病の疫学調査であり、65歳以上の高齢住民を対象として、1985年、1992年、1998年、2005年、2012年に認知症の有病率調査が実施されました(受診率90%以上)。さらに、これらの有病率調査を受診した人を全員追跡し(追跡率99%以上)、認知症例は頭部CT/MRIおよび剖検(剖検率75%)によって脳を形態学的に調べてその病型診断を行っています。
この久山町研究の成績を中心に、日本の地域高齢住民における認知症の危険因子と防御因子が検討されています。
♢高血圧
高血圧は日本人が最も罹患しやすい生活習慣病であります。そこで、久山町の高齢住民の追跡調査において、中年期および老年期の高血圧の認知症発症に及ぼす影響が検討された結果、老年期のみならず、中年期の高血圧も老年期における血管性認知症発症の危険因子であることがわかり、中年期からの厳格な高血圧管理が将来の血管性認知症発症の予防にきわめて重要であると考えられます。
♢糖尿病
1988年の久山町検診で75g経口糖負荷試験を受けた65歳以上の住人1017人を15年間追跡した成績を用いて、糖代謝異常の認知症発症に及ぼす影響が検討された結果、正常耐糖能群と比べて糖尿病群ではアルツハイマー型認知症の発症リスクは2.1倍と有意に高く、血管性認知症の発症リスクも1.8倍と高い傾向が示されました。
さらに、糖尿病者、なかでも糖負荷後(食後)2時間血糖値の高値者において、認知症の発症リスクが直線的に上昇していました。
糖尿病は脳動脈硬化の進展、さらにはインスリン代謝障害など、さまざまな機序を介して脳の老化を促進させると考えられていますので、認知症を予防するうえで、糖代謝異常・糖尿病の予防と、その早期診断と適切な管理が重要であると言えます。
♢喫煙
久山町研究の成績を用いて、中年期から老年期の喫煙習慣が認知症発症に及ぼす影響を検討したところ、生涯にわたり、非喫煙であった群に対し、中年期から老年期までの持続喫煙者は、血管性認知症およびアルツハイマー型認知症の発症リスクがそれぞれ2.8倍、2.0倍有意に上昇していました。しかし、禁煙をした群では、認知症の発症リスクは低下傾向が認められ、認知症発症のリスクを下げるうえで、禁煙は有効であると考えられます。
♢運動
海外の多くの疫学研究において定期的な運動習慣が認知症の有意な防御因子であることが報告されていますが、久山町研究においても、運動習慣を有する群では、運動習慣を有しない群に比べ、血管性認知症およびアルツハイマー型認知症の発症リスクを38~45%有意に低下させることが示されています。
運動が脳に及ぼす効果は、脳血管疾患のリスクや炎症の抑制、脳の成長因子の増加に伴う脳構造の強化や損失の減少、アミロイド蓄積の減少、電気生理学的特性の強化や遺伝子転写の変化などが想定されています。
従来実施されてきた有酸素運動や筋力トレーニングのみでは、軽度認知障害高齢者の記憶等の認知機能を効果的に向上させることは困難でしたが、これらに、さらに記憶課題や計算課題をしながらの運動を組み合わせる、国立長寿医療研究センターが開発したコグニサイズ〈英語のcognition(認知)とexercise(運動)を組み合わせた造語〉を加えて運動介入を行うことによって、全般的認知機能の保持効果や記憶の向上が確認されています。
♢食事性因子と栄養学的要因
久山町研究において、食事パターンと認知症発症の関係について検討された結果、大豆・大豆製品、野菜、藻類、牛乳・乳製品、果実、芋、魚、卵の摂取量が多く、米、酒の摂取が少ないという食事パターンを有する人は、有しない人に比べ、認知症発症リスクが有意に低下していました。
栄養学的な観点から、単一の食品ではなく、さまざまな食材を用いた栄養バランスの良い食事が、栄養摂取を介して脳の機能維持に貢献し、認知症発症予防に効果的であることが示唆されています。
♢社会参加や社会的交流の少なさと認知症発症リスク
社会的孤立は、孤独死や詐欺被害などの社会的問題に加えて、生活の質の低下、うつ、栄養状態の不良、要介護状態、認知症、死亡などのリスク増加など高齢者の健康状態に多面的に影響することが知られています。
社会参加や社会的交流と認知症発症リスクについて検討した報告によると、社会参加の少なさは1.4倍、社会的交流の少なさと社会的孤立は1.6倍認知症発症リスクを高めています。
まさに「きょういく(今日行くところがある)」「きょうよう(今日用事がある)」の大切さを示唆しています。

おわりに
久山町研究における成績により、加齢に基づく認知症発症リスクは生活習慣病の予防や生活習慣の是正によって軽減できることが示唆されました。
認知症の発症を予防するためには高齢期のみならず、生涯を通じた予防(健康)への取り組みが大切であることを痛感いたします。そのための基本となる心身の健全を保つために、東洋医学研究所®黒野保三所長の長年の研究でその効果が実証されている、個々人のもつ生命力を調整する生体制御療法の鍼治療を定期的に受療されることをお勧めいたします。

参考・引用文献
1)二宮利治、認知症危険因子と防御因子:認知症トータルケア、日本医師会雑誌 第147巻・特別号(2)、2018. 280―282
2)島田裕之、運動と認知症予防:認知症トータルケア、日本医師会雑誌 第147巻・特別号(2)、2018.288―290
3)水上勝義、社会参加、生涯教育と認知症予防:認知症トータルケア、日本医師会雑誌 第147巻・特別号(2)、2018.293―294