はじめに
健康な人間でも腹痛、生理痛のときは、気分的に落ち込んだり、小さなことにもイライラします。痛みが何日も、何ヶ月もまたは何年もと続くと「慢性痛」の状態になり、ストレスがたまり、うつ状態になってしまいます。痛みが長引くと人間性をも変えてしまいます。痛みは患者さん本人にしかわかりません。
科学が発達した現在においても、原因不明な痛みは多く、患者さん自身が痛いといえば痛いのです。痛みは体からの警告信号です。我慢をしてはいけません。
「痛み」の原因は複雑なもの
「痛み」は、実際にケガをしたり、臓器や神経に傷害があって起こるだけではありません。傷害が完治した後で起こったり、どこにも傷がなくても起こることがあります。痛みの感じ方は、痛み刺激に対する個人の感受性、痛みへの注意の集中や過去の経験、周囲の環境など様々な因子に影響を受けます。
また、喜びや悲しみと同じような情動を「痛み」として感じることもあります。治療者が痛みの身体的原因をしっかりと探らずに、容易に精神的なものが原因となっている痛みと判断するのは慎まなくてはなりませんが、少なくとも精神的因子やストレスが痛みを増幅させるのは明らかです。このように「痛み」の原因は非常に複雑です。
「痛み」の役割
痛みや温感などの感覚の分布は体の部位で異なり、非常に合理的にできています。指先は痛点、圧点、温点が多く、ものを識別するのに適しており、かかとは痛点が少なく、歩くのに適しています。これに対して、口の中には、痛点、温点が多くあり危険なものを飲み込まず、ヤケドをしないためにも適しているといえます。このように痛みを感じることが、総て人間にとって、マイナスではありません。痛みは生活に役立つ「必要悪」の一面もあります。それは痛みが体のどこかに異変や病期があることを警告してくれるからです。一方で痛みが長く続くと体の様々な機能に影響を及ぼし、患者さんの「生活の質(QOL)を低下させ、「日常生活の活動(ADL)を制限して、免疫機能の低下を起こします。そして精神的にも参ってしまいます。「痛みは体の異常を知らせる警報装置」という考えは、急性の痛みについてはあたるかもしれませんが、慢性の痛みを持つ患者さんにとって、痛みはやはり「百害あって一利なし」です。
「痛み」が様々な症状を引き起こすメカニズム
痛みが続くと他のいろいろな、よくない症状が出現します。 図1のように痛みをもたらす有害な刺激は、神経線維によって脊髄後角に運ばれ、大部分は反対側の脊髄視床路という神経の束を通り、上に上ります。このルートにより痛みを感じると、まず痛みの場所や強さを知らせる信号が素早く脳に届き、このおかげで瞬時に痛みを感じ、反射的に身を引くことができます。大脳の中には自律神経や情緒、本能といった動物的な活動をつかさどっている辺縁系というところがあります。痛みの信号は同時にここへも到達するため、怒りやすくなったり、恐怖、不安、イライラなどの不快な感情が起こります。さらに痛みに伴って、食欲、睡眠、性機能などにも影響が出るのはこのためです。また、脊髄後角に伝えられた痛みの刺激の一部は脊髄前角にも伝えられ、運動神経を刺激します。このため痛みがあると、その部位の筋肉の緊張が高まります。さらに一部は脊髄前角に伝えられ、交感神経を刺激し、血管が収縮して血圧が上がったり、脈拍が増えたりします。また痛みの部分では、痛みを引き起こす発痛物質というものの生成が促進されて、痛みの感受性が高まり、さらに痛みを増強させるという一連の悪循環ができてしまいます。

図1 痛みが起こるしくみ
「痛み」の経路と鍼治療のメカニズム
「痛み」を脳へ伝えるのは神経の役割です。体の隅々にまで張り巡らされている末梢神経の終末が、痛みを感じるセンサー(受容器)となります。受容器で感知された痛み刺激は、2つの神経線維、すなわちAδ線維とC線維によって脊髄の後角に運ばれます。Aδ線維の伝達速度は早く、「イタッ」「グサッ」といった鋭い痛みを伝えます。Aδ神経細胞は脊髄後角で他のニューロンと神経接合部を作り、第2次ニューロンとなり、主として脊髄中心管を通って反対側の外側脊髄視床路を上行して視床に達します。
C線維の伝達速度はAδ線維よりは遅く、「ズキズキ」「ヒリヒリ」といった鈍い痛みを伝え、このC線維も脊髄後角でシナプスを形成します。脊髄後角でのシナプスに伝えられた痛み刺激の大部分は反対側の新脊髄視床路または古脊髄視床路を上行します(図2)。

図2 新脊髄視床路と古脊髄視床路
こうして上行してきた痛み刺激が視床に行き、視床からの痛み刺激は最終的に大脳皮質に伝えられます。新脊髄視床路はAδ線維からなり、この系は鋭い痛みを速やかに脳に伝え、痛みの場所、強さなどの認知に深く関係しています。古脊髄視床路はC線維が主に関与しているため、場所のわからない、うづくような痛みを伝えます。また、古脊髄視床路は痛みによる呼吸、脈拍などの変化に関係し、また情動の変化や痛みから逃げようとする行動なども引き起こします。
鍼治療を行うと、痛みが軽減するメカニズムとして、痛みや痛みによる不快感などの情動面での改善が認められるのは、鍼治療による刺激が脳の下行性抑制系に作用し、その結果、内因性のモルヒネ様物質の鎮痛作用物質(エンケファリン、エンドロフィン)が脊髄後角、中心灰白質、視床下部などに放出され痛みが緩和されると考えられ、鍼刺激が脳の古脊髄視床路に影響を及ぼすと考えられます。
おわりに
痛みは我慢せずに慢性痛になる前に適切な治療を受けなければいけません。長引き慢性痛になると不快感、不眠、疲労、不安、恐れ、怒り、うつ状態は増強されます。痛みを感じるのは中枢神経系(脳、脊髄)であり、同時に痛覚抑制系も深く関与しており、鍼治療の鎮痛効果はこの痛覚抑制系に働くと考えられます。他に鍼治療は免疫作用の亢進(黒野保三先生の研究業績参照)、自律神経の調節作用、血流改善効果があることがわかっています(鍼適応症のページを参照)。
以上のことから鍼治療はとてもすばらしい治療法であると考えます。東洋医学研究所®グループでは、東洋医学研究所®所長
黒野保三先生が神経生理学・解剖学の基礎実験から証明された裏付けのある効果的な刺激方法を生体に与え疼痛疾患の患者さんの痛みの改善に努めてきました。
私達鍼灸師は人間性を高め心を豊かにし、患者さんの訴えを十分に聞き、患者さんの身になり診断・治療を全人的にアプローチする必要があります。痛みを感じたら我慢せず速やかに治療を受けてください。その治療法の第一番目として副作用がない鍼治療をお勧めします。


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