はじめに
警察庁生活安全局地域課の統計によりますと、わが国における年間平均自殺者数は、1988から1997年までの10年間には22,410人でしたが、1998年には32,863人と一挙に急増し、その後も9年連続3万人を越えているという誠に痛ましい状況にあります。2006年6月には、議員立法で「自殺対策基本法」が成立公布され、2007年6月には、「自殺総合対策大綱」が閣議決定され、国を挙げて自殺対策に取り組むことになりました。そして9月10日から16日まで、「世界自殺予防デー」にあわせて「自殺予防週間」が始まりました。
自殺者の3〜6割がうつ病あるいはうつ状態だったのではないかといわれており、うつ病の早期発見・治療が重要課題となっています。
日本では今現在、うつ病の人が200万から300万人くらいいるといわれており、また、約15人に1人が一生に1回はうつ病を経験するとされ、うつ病は誰にでも起こりうる病気でありますが、早期に発見し適切な治療を行えば8・9割が治るといわれています。
今回はうつ病について紹介させていただきます。
1.うつ病の原因(うつ病の原因は多因子である)
うつ病は、気分を調節する脳機能の障害で起こると考えられている気分障害の一型で、さまざまな原因で起こることが推定されています。一般的にはストレスフルな出来事に加えて性格が関係しているのではないかといわれています。
☆ストレスフルな出来事
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仕事のミスやトラブル、出向、左遷、昇進、その他職場環境の変化 |
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自分や家族の怪我・病気・死別、夫婦・親子の不和、借金 |
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引越し、建替え ・出産 ・老化現象 |
☆性格
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几帳面な人・責任感の強い人・まじめすぎる人・神経質な人 |
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相手に気に入られたいと知らず知らずのうちに無理をしてしまう人 |
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不安、落ち込みなどマイナスの感情を元々抱きやすい人 |
(※降圧剤(特にβ-ブロッカーが有名)、インターフェロンやステロイドホルモンなどの医薬品や、アルツハイマー病やパーキンソン病のような変性疾患や頭部外傷や脳腫瘍などでうつ病の症状が現れることもあり、最近では、脳血管性障害の後にうつ病になりやすいことや、無症候性脳梗塞の多発とうつ病とが密接に関係していることを示した臨床研究が報告されています。)
2.うつ病の症状と診断基準
現在最もよく使われているうつ病の診断基準はアメリカ精神医学会が作成したDSM−W(ディー・エス・エム・フォー)であります。
基本的な症状として以下の9つが挙げられています。必須症状である(1)「抑うつ気分」または(2)「興味または喜びの喪失」のうち少なくとも1つの症状を含み、ほかの症状(3)〜(9)と合わせて全部で5つ(またはそれ以上)の症状が、ほとんど毎日1日中、しかも2週間以上持続していて、そのために著しい苦痛または社会的、職業的な障害が生じている場合には、うつ病と診断されます。
(1)抑うつ気分
気持ちが沈み込んだり、滅入ったり、憂うつになったり、悲しくなったり、気分が落ち込んだりするといった症状は午前中に強く、午後から夕方にかけて改善してくることがよくあります。このように憂うつな気分を感じているときには、痛みや倦怠感などの身体の不調が出てきたり、イライラ感が強くなって怒りっぽくなることがあります。
(2)興味または喜びの消失
何をしても面白くないし、何かをしようという気持ちさえ起こらなくなってきます。
友達と会って話すのが好きだったのに、会っても面白くないし、かえってうっとうしくなってきます。運動が好きだったのに熱中できませんし、テレビを見てもちっとも面白くありません。音楽を聴くのが好きだった人が、音楽を聴いてもちっとも感動しません。性的な関心や欲求も著しく低下してきます。
このように何をやっても面白くないので、自分の世界に引きこもるようになってきます。
(3)食欲の減退または増加
一般には食欲が低下してきます。食欲がなくなった患者さんは「何を食べても、砂を噛んでいるようだ」「食べなくてはいけないと思うから、口の中に無理に押し込んでいる」と訴えることがよくあります。1ヶ月に4キロも5キロも体重が減少してしまうことも希ではありません。逆に食欲が亢進することもあり、甘い物など特定の食べ物ばかり欲しくなることもあります。
(4)睡眠障害(不眠または睡眠過多)
うつ病では不眠がよく現れます。寝付きが悪くなるだけでなく、眠ってもすぐ目をさましやすかったり、寝付きはよくても夜中や朝早く目が覚めてしまったりするのです。悪夢にうなされることもよくあります。特にいつもよりずっと朝早く目が覚めるのはうつ病の睡眠障害の特徴です。しかも、うつ病の患者さんは、朝早く目が覚めても熟眠感がなく、体調が優れないため、すぐに起き上がれるわけでもなく、再入眠もできず、布団の中で悶々と思い悩んでいるのです。
逆に、夜の睡眠が極端に長くなったり、日中でも寝てばかりいるといった過眠症状が現れることもあります。「寝ても寝ても倦怠感や眠気がとれない」と訴えます。
(5)精神運動機能の障害(強い焦燥感あるいは逆に精神運動機能の制止
うつ病になると、他の人から見てもすぐにわかるほど活動性が低下し、身体の動きが遅くなったり、口数が少なくなったり、声が小さくなったりすることがよくあります。このような状態を、専門的には精神運動制止(遅滞)と言います。
また、逆に、じっと座っていられないほど焦燥感が強くなったり、イライラして足踏みをしたり、落ち着きなく身体を動かしたり歩き回ったりするようになることもあります。このように焦燥感が強くなっているときには、つらさを何とかしたいと焦って話し続けたりしますので、表面的には元気そうに見えてしまいがちで、うつ病だと気付きにくいので注意しなくてはなりません。
(6)疲れやすさ・気力の減退
ほとんど身体を動かしていないのにひどく疲れたり、身体が重く感じられたりすることがあるのもうつ病の症状の一つです。気力が低下して何をする気も起きなくなりますし、朝起きて着替えるといった日常的なことにさえ時間がかかるようになります。何とかしなくてはならないと気持ちだけは焦るのですが、それをするだけの気力がわいてこないのです。
(7)強い罪責感
うつ病になると、ほとんど根拠なく自分を責めたり、過去のささいな出来事を思い出しては悩んだりするようになります。1つのことをくよくよ考え込んで、何回も何回も他の人に確認をしたりするようになります。
(8)思考力や集中力の低下
注意が散漫になって、集中力が低下してくることがあります。そのために仕事が以前のように進まなくなったり、学校の成績が落ちたりするようになります。また、決断力が低下して、大したことがなくてもあれこれ考えて何も決められなくなります。
(9)自殺への思い
うつ病になると、気持ちが沈みこんでつらくてたまらなくなるために死んだほうがましだと考えるようになってきます。強い不眠で苦しい思いをしていると、否定的、絶望的な考えにとらわれて、夜間に衝動的に自殺を考えてしまいがちです。
3.うつ病の治療 (うつ病は「怠け」ではなく脳の「病気」)
うつ病の治療で重要なことは、患者の訴えをまず十分に聞くことと、他の精神疾患と同様に薬物療法だけでなく、精神療法や認知療法、自律訓練法などのストレス対処法を包括的に行うことが大切です。
(1)治療は休養が基本
うつ病の患者さんは、心身が過労状態に陥っています。まずはストレスの原因となっていることから離れて休養をとり、ストレスを減らして、心身の過労を取り除くことが治療の基本です。そのためには、職場や、家族の理解と協力が大切です。
(2)精神療法
精神療法には、患者さんに病気や休養の必要性などを理解してもらう「カウンセリング(うつ病は「治る」病気であること、しかし「再発する」可能性もあること、うつ病は病気であるから薬物の服用が必要であること、抗うつ薬の作用、副作用の十分な説明と治療合意、重大な決断は先延ばしするように指導するなど)」や、うつ病を起こしやすい考え方の癖(悲観的、否定的な考えが支配的になり、考え方に柔軟性が失われる)を修正する「認知療法」があります。
(3)薬物療法
心身の過労が長く続くと、脳内で気分や意欲を調節する働きをしている「セロトニン」や「ノルアドレナリン」と呼ばれる神経伝達物質の量が一時的に減って、うつ病の症状が現れると考えられています。そこで、休養をとるのと併せて「抗うつ薬」を使った治療が行われます。脳内の神経細胞から放出される神経伝達物質が、その神経細胞に再度取り込まれるのを阻害することで神経細胞間の神経伝達物質の量を増やします。
抗うつ薬には「SSRI(エスエスアールアイ)」「SNRI(エスエヌアールアイ)」「三環系抗うつ薬」「四環系抗うつ薬」などがありますが、最近では比較的副作用の少ないSSRI、SNRIが、最初に使用されることが多くなっています。
ただし、特に18歳未満の患者さんでは、SSRIを服用し始めたばかりの時期にいらだち(イライラ・衝動)が募ったり、不眠が生じたり、「死にたい」という気持ちが強まることもあり、また、中止時の離脱によるめまい、ふらつき、嘔吐・吐気、倦怠感、頭痛、不眠、抑うつ感の増悪、反跳性不安など多彩な症状が危惧される薬でありますので、慎重な治療が必要です。
英国のうつ病治療指針には「軽症患者にはすぐに抗うつ薬を使わず、2週間は経過をみる」とあります。
おわりに
東洋医学研究所®および東洋医学研究所®グループの鍼灸院では、来院患者さんに必ず、(社)全日本鍼灸学会研究委員会不定愁訴班黒野保三班長作成の健康チェック表を記載していただいております。健康チェック表の50項目は、自律神経失調性、神経症性、うつ状態性、その他に層別されていて、うつ病のサインとみなされている項目が含まれておりますので、うつ病やうつ状態を早期に発見し、適切なアドバイスや治療が可能であります。
うつ病に対する十分な知識を習得して、高い人間性と優れた技術による生体の統合的制御機構の活性化を図る目的の鍼治療(黒野式全身調整基本穴を使用した太極療法)は、長年の基礎的・臨床的研究の裏付けによって、生体の内的・外的刺激に対する生体の反応系である神経系・内分泌系・免疫系の逸脱現象をリセットすることによって生物学的反応系の制御機構の異常によってもたらされる病態を改善できるものと考えられますので、うつ病の予防、症状の速やかな消失および寛解を目的とした急性期治療、あるいは再び状態が悪化することのないように寛解の持続を目的とした持続療法及び、再発予防を目的とした維持療法のどの段階においても、有用な治療法であると思います。
うつ病のサインである精神症状(おっくうさ、落ち込み、憂うつ感、何をしても楽しくない、意欲低下、不眠、集中力や判断力の低下、死について考える等)や身体症状(倦怠感、頭重・頭痛、食欲低下、体のさまざまな不調等)に気付いたら、できるだけ早く、是非一度、痛くなく、副作用のない鍼治療を受療されることをお勧めいたします。
引用・参考文献
・社団法人日本医師会(編).自殺予防マニュアル(第2版)
‐地域予防を担う医師へのうつ状態・うつ病の早期発見と対応の指針‐.明石書店.2008.
・サインを見逃さないうつ病の対策.きょうの健康.2008.3.90‐101
・黒野保三.不定愁訴症候群に対する鍼治療の検討.東洋医学とペインクリニック.
1995;25(1・2):28-39.


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