平成20年9月1日号
「立ち方」を見直し、気持ち良い体づくり
東洋医学研究所®グループ
二葉鍼灸療院 院長  田中 良和
 

 立つ、歩く、坐るなどは日ごろ皆様が行っている何気ない動作です。しかし、きちんとした姿勢で長時間立ったり、歩いたり、坐ったりすることは簡単なことではないと思うのは私だけでしょうか。
 私はスポーツ選手を診療させて頂く機会が多いのですが、治療に入る前は必ず立位姿勢のチェックを行います。せっかくスポーツをやっているのに、姿勢の悪い子供たちが意外に多く見られます。一般の方も同様なのですが、立ち方が運動や日常の生活に大切なのだと認識している人は少ないようです。日常での自分の動作に無関心で、運動やスポーツを行うときだけ体のことについて考えても、結局、十分な成果は得られないと思います。スポーツ選手であるなら日常で自然に行われている動作が、スポーツ競技の中でもそのまま現れると捉えてもらってもよいと思います。
  今年は、北京オリンピックにおいて連日、熱き戦いが繰り広げられました。オリンピックに出場してくるようなトップアスリートの動き、スッと立っている姿を見るとほれぼれしてしまいます。これは日頃から身体感覚を研ぎ澄ませ、磨いてきたアスリートの鍛錬の結果であり、選手たちには、立つ、歩く、走るという“技”が身についているのです。
  そこで、今回は「立ち方」について考えていきたいと思います。

☆理想的な「立ち方」とは
   結論から申しますと、答えは自然体です。自然体とは、あまり無理をしない自然な心身の構えであり、安定し少々押されたくらいでは揺るがない、そして、楽に立ち、可能な限り余分な筋力を使わない立ち方です。人間が動作を行う場合、最初に立つことを行わなければなりません。立つ姿勢が自然体なら、次に起こる歩行などの動作もスムーズに行われることは誰にでも想像がつくと思います。
  自然体の立ち方を少し具体的に申しますと“しっかり足裏が地についており、その大地との繋がりの感覚が腰と肚(ハラ)に繋がっている、上半身の無駄な力は抜けていて、状況の瞬時の変化に対して柔軟に対応できる構え”と言えます。腰・肚を芯(中心)においた自然体の立ち方をしている人は、現在の日本では少なくなっています。
  昔の日本人はどうだったのでしょうか。1937年から1947年までの10年間、日本に滞在したドイツ人哲学者デュルクハイムは著書の中で日本人と西洋人の立ち方の違いを下記のように述べています。

≪日ごろ私の関心事を知っている一人の日本人が私のところへ来て言った。「いいですか、ここに居合わす(パーティーの席)ヨーロッパ人は、もし後ろから押されるとすぐ転ぶ姿勢をしています。日本人の中には、押してもバランスを崩す人はいないでしょう」と。この安定性はどうしたら生まれるのだろうか。重心は上に向かって移らずに、中心に、臍のあたりに保たれている。すなわち、腹を引っこめず自由にし、軽く張って押し出す。肩の部分は張らずに力を緩めるが、状態はしっかりしておく。ゆえに、直立の姿勢は上に引っ張られた姿の結果ではなく、信頼すべき基盤のうえに立ち、自分自身を垂直に保ち、枝分かれする前の幹の姿なのである。人が太っていようと痩せていようと関係ない。≫

≪ヨーロッパ人はとりわけ「こせこせしない」「無頓着な」ポーズをとるが、日本人はまったく別である。私たちの感覚からすると、しばしば「みすぼらしく」見える。ただ単に正面を向き、肩と腕をだらりと垂らしているが、背筋を伸ばして、股を広げて立っている。日本人は、片方の足が軽く前に出されているおりにも、他方の足にだけ重心をかけることをしない。中心をもたず立っている人は、日本人にとっては頼もしく見えないのである。なぜなら、そういう人は心の軸を持たないからである。≫

  かつての日本人は農作業や山歩き、長距離を歩くことが多かったこともあり、膝は弛められ、足は地からあまり離れないように歩いていました。また、無意識に地球の引力や宇宙からの重力に極力逆らわない自然に則した立ち方をしていたのです。
  現代人の立ち方を見ると、骨盤付近、股関節を前に突き出し(出尻の反対)、胸が閉じて前肩になり、背中が丸くやや猫背になり、足裏の重心が踵のへりにある、このような立ち方の人が圧倒的に多いのです。
  諸説ありますが、人類が現在のような完全な二足立ち、二足歩行に移行したのは600万年前であるとされています。長い年月をかけて進化、発展してきた精密な肉体が、現代人の姿勢を見ていると、祖先である類人猿へ退化してしまうのではないかと危惧さえ抱いてしまいます。

☆どうやって立つか
 @足を肩幅に開いて、A膝を軽く曲げ、B両足にほぼ均等に体重をかけ、C腰と肚をしっかりさせておき、D背筋はスッと伸びて、E肩の力は抜けた状態で立ちます。
@ 重心は内くるぶしからの垂線と足裏の中心線が交わるあたりにおきます。足裏全体で立つのですが、感覚としては、踵と親指の付け根の膨らんだ場所に体重が感じられる状態。足先と膝はやや外側に開きます。
A 膝裏はピンと張らず、弛み(余裕)をもたせます。外見からは曲がって見えることはありませんが、自分の感覚として弛んでいる状態だと理解してください。
B・C お尻の穴をギュッと締めると臍の下(丹田)の部分に力が入ります。その部分の意識はそのままにして力を抜き、下腹をちょっと前へ出す感覚にしてください。そこが体(腰肚)の芯(中心)のとなる部分であり、姿勢の基本です。また、日本人の骨格は骨盤後傾(出尻の反対)の人の割合が多く、骨盤が前傾することで骨盤が踵に収まり無理のない立ち方となります。この姿勢をつくろうとお尻を出してしまっては、腰の筋肉が緊張してしまい、逆に腰痛の原因となってしまいます。イスに浅く腰かけ、腹式呼吸をしてください。息を吐きながら下腹が膨らんだ時、イスとお尻の接点が、坐骨だけでなく、太ももの裏側まで感じられると思います。それが骨盤の前傾した状態です。
D 背筋を伸ばすというのは背中をのけ反らすことではありません。B・Cのような体軸ができれば自然にスッとした感覚となります。また、アゴは引きすぎず、出しすぎず、感覚的には軽く前へ出すような気持ちだと楽なようです。
E できれば上腕二頭筋(力こぶができる筋肉)が前を向き、親指が前面にきているとよいでしょう。そして肩甲骨を背中へ引きすぎないことです。

 「立ち方」について考えてきましたが、これを、朝、鏡の前に立ち、自分の立ち姿を確認してみてください。今回のコラムのような外からの情報を補助として、自分がいかに無理なく、楽に気持ち良く動けるかどうかという感覚を目安にしてください。鏡の前に立ったなら、笑顔も確認すれば、自分にも周囲にも気持ち良く、幸せな一日の始まりとなること間違いなしです!日常生活の動きこそ非常に大切なトレーニングとなります。

 「腰を据え」、「肚を決め」、臍下丹田を中心とした、身体の芯感覚を持ち、しっかりと「地に足をつけ」「大地を踏みしめる」、そんな「立ち方」ができれば、腰痛や膝痛などの関節痛、様々な疾病の予防になるばかりか、「肚が据わり」「腰の強い」揺るぎない心を形成するきっかけとなります。自然体で気持ちの良い「立ち方」を実践することで、運動する、仕事をする、人生を歩むことが楽しく、積極的になり、豊かな人生づくりに繋がっていくのではないでしょうか!
 私の師匠である黒野保三先生の患者さんを治療されている立ち姿、日常生活での姿勢は美しく無理がありません。この美しい立ち方、姿勢に患者さんに対する、あるいは、鍼灸医療に対する真実を探究する人生の姿勢が現われていたのだと修行時代を思い浮かべました。そこにも学びがあったのだという思いで感謝しております。
 また、東洋医学研究所®グループで行われている生体機構制御療法(太極療法)で使用される黒野式全身調整基本穴は、腹部と背腰部にバランスよく配穴されており、このツボを鍼治療することによって筋肉の血液循環が良好になり、アンバランスが改善され気持ちのよい立ち方、体づくりに必ず役に立つと思います。

参考文献
『身体感覚を取り戻す 〜腰・ハラ文化の再生〜』 斎藤 孝 著 NHKブックス
『運動科学 実践編 〜二軸動作がスポーツを変える!〜』 小田伸午 著 丸善
『ヒトの進化』(シリーズ進化学5) 岩波書店